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3周年特別記念号「継続するために」(tovo paper vol.5 2014年6月発行)

はじめに 〜 tovo 代表 小山田 和正

2011年6月、「tovo/トヴォ」という青森から震災遺児を支援するプロジェクトを立ち上げてから、青森県内はもちろん、全国の皆様より暖かいご支援を賜り、おかげさまで活動3年を迎えました。
立ち上げ時、活動期間を10年間(3,650日)と設定しました。この原稿を書いている日は、活動開始から1,090日目。目標まで残り2,560日です。
この1,090日間、僕はたくさんの方と出会い、ご支援とご協力を頂いてまいりました。1,090日分の想い出があり、出会った皆様1人1人に感謝の気持ちがいっぱいです。しかし、その1つ1つを振り返り、懐かしみ、感謝を示すのは、ずっと後にとっておきたいと思っています。
活動期間を10年間(3,650日)と設定した日、それは残りの3,649日をどのようにして続けていこうかという重圧の始まりの日でした。以降、この原稿を書いている日でさえ、残りの2,560日間をどのようにして続けていったら良いのだろうと悩み、考え続けているのです。
震災から3年が経過し、青森に住む僕たちの生活はすっかり元通りになりました。しかし、あの日、突然にお父さんやお母さんを亡くしてしまった子どもたちは、震災以前の生活に戻ることはできません。また、あの日、突然に子どもたちを残して、この世から去らなければならなかったお父さんやお母さんは、再び子どもたちを抱きしめることはできません。青森に住む僕たちの生活がどうであろうとも、子どもたちは、これから先もずっと、お父さんやお母さんを想い続けるでしょうし、お父さんやお母さんは、子どもたちの幸せを願い祈り続けるでしょう。
もちろん、そんなことは僕には関係のないことだ、という生き方もあるけれども、あの時、なぜか僕はそれを選びませんでした。そして、何の取り柄もなく、何の肩書きもなく、何処の馬の骨かもわからぬ僕は、このプロジェクトを勝手に立ち上げて、勝手に目標を設定して、勝手に走り始めていました。
「何故このプロジェクトを始めようと思ったのですか?」よく聞かれる質問です。その都度、僕は世間体の良い、誰もが理解のできるような理由を見つけて答えるのですが、なんとなく、それはどれも後付けの理由のような気がしています。きっと、僕は「走りたかったから、走った」んじゃないか、そんな気がしています。
立ち上げから3年、きっと、ここまでは「走りたかったから、走った」で良かったんだだろうと思います。でも、ここからは厳しい。本当に厳しい。たぶん、それはtovoに縁のある方、手伝ってくれている方、皆がそう感じているはずです。
そこで、このtovo paperのtovo活動3年記念号では、皆に「継続するため」のアドバイスを頂戴しようと考えました。tovoはたったの3歳ですが、お話を伺った方々は全て一線で活躍し続けている方々ばかりです。あらためて諸先輩方のお話を伺い、ここをtovoの新しいスタート地点にしようと考えました。おかげさまで、tovoの新しい一歩となる記念号ができたと思います。ご協力を頂いた皆様、ありがとうございました。

tovo 代表 小山田 和正

記念誌はこちらからダウンロードできます。

継続するために その②〜先生に聞いてみよう

「もっと高みへ」

〜 野呂 拓生(青森公立大学地域みらい学科)

「3周年おめでとうございます!素晴らしい!」
と、褒め言葉だけを書きたかったのです。しかし、「ぜひ厳しい言葉を!」と依頼されました。だから、心を鬼にして、書きます。

まだまだこれからだ。もっと、もっと知ってもらわなければ!

tovoは、音楽ファンのほか、様々な場所で偶然出会ってくれた多くの人々に支えられてここまで来ました。情報誌の影響か、30~40歳代女性の支援も多いようです。200万円を超える寄付が実現したのは、初期3年の活動が成功したことを示しています。

しかし、必ずしもtovoが世間に認知されたとは言えない、と思っています。実は、私の学生は一人もtovoを知らず、リンゴマークすら記憶がなかったのです。知人も、です。この状況は、私の周囲だけでしょうか?そうかもしれませんが、あえて厳しくとらえましょう。なぜなら、tovoにとっての今後は、楽ではない状況になると予想されるからです。

これまで支えてくれた多くの人々は、「デザイン」+「震災支援・遺児支援」という2側面にひかれてきたと推測されます。しかし、あれから4年となり、世間は震災を過去にし始めています。すると、人々の心から支援の意識が欠落していきます。子どもたちの存在も、です。残念ですが、今後は、支援から入るファン予備軍がフェードアウトしていく可能性が高いのです。いわゆる、風化が立ちはだかってくるのです。

われらがリーダー小山田さんは、「止まる=風化」だから「動き続けなければ」と言います。だからデザインを頻繁に変え、「忘れない」をテーマにフライヤーを出し、イベントに出店します。素晴らしい意識と努力です。

しかし、風化は強烈な力を持ちます。忘却されていく支援意識を取り戻すのは、とても難しいのです。仙台で被災した私は、風化を強く感じています。だから、心を鬼にして言うのです。「もっとアグレッシブに、広くブランドを知ってもらう活動」をすべきだと。

もちろん、ボランタリーな活動ですから限界はあります。しかし、幸いにしてtovoにはプロなデザインがあり、支える大勢の仲間(我々)がいます。加えて、青森からAlways with youを実現するという強い信念があります。だから、何をやってもブレはないはずです。

このリンゴマークは最高に素敵で、無敵です。私のPCのリンゴマークと、いい勝負です。いえ、もっとすごくなれます。日本を代表するチャリティーブランドになれると信じます。

大丈夫、Always with youです。 tovoブランドを、もっと高みに。突き進んでいきましょう。

継続するために その③〜新聞記者に聞いてみよう

「津軽(安全地域)に生きる人々にとってのtovo」
〜福田 藍至(陸奥新報社・編集局報道部)

津波がさらったでもなく、放射線に当てられたでもない、津軽に住むわたしには、住む場所や家族、古里を奪われた人を真に思い計ることはできない。それに似た経験のない、同じ痛みを覚えていないわたしには、彼らに共感することは叶わない。 被災して古里を追われた方に取材するたび、はがゆさを感じている。

人のためボランティアに勤しむことのできる強い人は多くはないし、それをずっと続けようと思ってる人は、もう一握り。なにかしようと思う。なにかしたい。でも、結局は他人事。当事者でないから深くへ踏み込もうとはしない。自分も含めてそんな人が多くだろう。

うれしいことや楽しいこと、そんな自分が満たされることに、私たちは惜しまずお金と時間を使う。ファッション、レジャー、ギャンブル…。例えばそれが、トヴォのバッジやイベントだったりしてみよう。かわいいと何気なく買ったもの、楽しいからとふと参加したものが知らぬまに、傷を背負う人に優しく寄り添う手へと変換される。その意味でトヴォとはジェネレーターである。

私たちは、被災地の人々が未だに当たり前の生活を回復できていないことを知っている。しかし私たちは、あの日がなかったかのような生活に慣れ過ぎて、たまにふと、そのことを忘れてしまう。そんな私たちが「絆」だなんて言葉を使うのはおこがましい。だけどどうか、トヴォはそんな私たちと彼らをつなぐ「糸」であってほしい。